『季刊まいづる』303号(2026年)「園長手記」より(一部改変)
先日,聖歌隊の学生から,好きなものを3つ挙げてください,との依頼を受けました。隊員1人ひとり名前や所属学科,特技,趣味などを聞いてプロフをつくり,聖歌隊内でシェアするのだといいます。「何でもベストスリー」もその一つでした。これをきっかけに,久しぶりにカリール・ジブラーンのことを思い出し,私は「八木重吉,野見山飛鳥,カリール・ジブラーン(僕のなかの3大詩歌人)」と答えたのでした。
ジブラーンは1883年にレバノン北部カディーシャ渓谷の町ブシャッレで生まれました。レバノンの国旗にも見える「神の杉」(レバノン杉)で有名な世界遺産の渓谷です。12歳のときに母と姉妹らとともにボストンに移住し,14歳で単身レバノンに帰国,アラビア語などを学んだのち,19歳のときにふたたび渡米,その後はボストンやニューヨークで活動したということです。48歳で亡くなったとき,故人の遺志にしたがい,ジブラーンの遺体は故郷のブッシャレ郊外のマル・サルキス修道院の墓地に葬られました。
彼の名を一躍有名にしたのは散文詩『預言者』(1923年)です。これまでに世界の30以上の言語に翻訳されているそうです。日本語訳にも至光社に佐久間彪神父訳があります。至光社版『預言者』は,生前画家としても知られていたジブラーンの自作の絵やスケッチが収められ美しい装丁に仕上がっています。『預言者』を原作として制作されたアニメの『預言者』(監督は『ライオン・キング』のロジャー・アラーズ)でも,息をのむような映像美とともに数々のジブラーンの箴言に接することができます。
ジブラーンはマロン派のキリスト教徒でした。教会を離れた時期もあったということですが,晩年に『人の子イエス』という著作もあることから,真摯にキリスト教と向き合った一生だったといえるでしょう。一方で,望郷の思いも変わらず抱いていたようです。著書『預言者』は,12年もの間オルファレーズの町で故郷からの迎えの船を待ち続けたアルムスタファに,いよいよ迎えの船がやってきたという場面から始まります。アルムスタファから教えを受けた巫女アルミトラをはじめ,彼を慕う町の人々は「愛についてお話しください」「結婚についてお話しください」と次々にアルムスタファに別れの言葉を求めます。そのようにして26のテーマが集められてゆくという構成になっています。
その1つに「子供について」という章があります。我が子を胸にかかえ問うひとりの母親に,アルムスタファは次のように語りかけます(以下は佐久間訳からの抜粋です)。
子供のようになろうと努めるがよい。でも、子供をあなたのようにしようとしてはいけません。あなたは弓です。その弓から、子は生きた矢となって放たれて行きます。射手(いて)は無窮の道程(みちのり)にある的を見ながら、力強くあなたを引きしぼるのです。かれの矢が速く遠くに飛んで行くために。あの射手に引きしぼられるとは、何と有難いことではありませんか。なぜなら、射手が、飛んで行く矢を愛しているなら、留まっている弓をも愛しているのですから。
この章はアニメでも美しく表現されています。子は弓から放たれるべき矢。飛んで行くために、弓であるわたしは「射手」に「引きしぼられ」ます。放たれた後に残る弓。その「留まっている弓」をも射手である神さまは愛してくださる……。
イスラエルとアメリカ合衆国のイラン攻撃から早くも三ヶ月が経とうとしています。「第二の戦場」とも言われるレバノン。詩人の言葉を読みながら、いつしか彼の地の子どもたちと彼らの親御さんのことを考えていました。